喜多屋オリジナル酵母『KR酵母』とは何か
喜多屋は次期8代目蔵元・木下理紗子が中心となり、新酵母「KR酵母」を開発いたしました。
開発の背景には、受け継がれてきた酒造りへの信念と、新時代への希望が込められています。
「KR酵母」誕生に至るまでの開発秘話、どうぞご覧ください。
●喜多屋の酒造りと“酵母”
「主人自ら酒造るべし」
これは、喜多屋の創業者 木下斉吉の言葉である。八女福島の地で、米と油を扱う商家を営む傍ら酒造業も行っていた斉吉が、酒造業を自身のライフワークにすると決意した1820年(文政3年)当時、蔵元の主な仕事は経営であった。酒造りは冬にやって来る杜氏が行うものであり、蔵元が酒造りの現場に入ることはまずなかった。この常識を、斉吉は覆したのである。
「主人(蔵元)は自ら蔵に入り、理想とする酒を自らの手で造るべきだ。」
――――以来この言葉は、創業家の家憲として、200年以上受け継がれてきた。
現社長である7代目 木下宏太郎も、「酒を造れる蔵元」になるべく、東京大学農学部に進学した。大学を卒業後、宝酒造株式会社での勤務を経て、東京都の滝野川にあった醸造試験場にて研究活動を行った。当時所属していた研究室の室長であった岩野君夫先生(現 秋田県立大学名誉教授)が、研究の末開発された酵母を譲り受け、これを喜多屋のメイン酵母とした。結果的にこの酵母で造った酒はInternational Wine Challenge 2013のチャンピオン・サケに選ばれ、長い間、喜多屋の酒造りの現場で活躍した。
だが宏太郎は、チャンピオンを獲った際に、岩野先生にかけられた言葉が忘れられなかったと言う。
「木下くん、もって10年だよ。10年後も、この酵母で戦っていけるかは分からない。それだけ、酵母開発の競争は激しいんだよ。将来に渡りトップレベルの競争力を持ち続けたければ、自社で酵母を開発できるようになりなさい。」
いつかその領域に到達したいという思いはあったものの、時間のかかるプロジェクトであったため、この問題はしばらく宏太郎の胸の内に留めおかれることになる。
次期8代目蔵元となる木下理紗子は、高校生の頃「後継者になるなら酒造りを知ること。酒造りを知ることは微生物を知ること。」と教えられた。であるならばと九州大学農学部に入学し、酵母と黄麹菌を研究対象としていた、発酵化学研究室の門を叩いた。
そして彼女が大学院生になった時、事態は大きく動いた。新技術を用いた清酒酵母の育種開発について、九州大学・独立行政法人酒類総合研究所との共同開発の話が持ち上がったのである。
宏太郎は恩師の言葉を思い出し、「あの時岩野先生がおっしゃった清酒酵母の開発に、今こそ着手すべきだ。」と確信したと言う。
こうして、「自ら酒を造れる蔵元」の挑戦は、新たなフェーズに入ったのである。
●「香りをつくる」酵母の選択
そもそも、酵母とは何か。簡単に言えば「アルコールを造る微生物」である。ビールもワインも日本酒も、酵母がなければアルコール飲料になり得ない。
そして、清酒酵母にはもうひとつ、「香りをつくる」という役割がある。
上質な吟醸酒を味わう時に感じる、リンゴや、梨、バナナといったフルーツの香り、薔薇の花のような甘い香りなど、多くの日本酒の香りには、実は酵母が関わっている。
そして、酵母にもたくさんの種類があり、それぞれつくりやすい香りが違うのだ。「酵母の選択」は、酒質にダイレクトに影響する重要な因子なのである。
酵母を使用するには、日本醸造協会などから購入するのが一般的である。最近では、酒質の多様化を目指し、県単位の清酒酵母の開発も盛んだ。
喜多屋はさらに発展させ、「自社内で酵母の選択肢を持てる」ことを目指した。
●喜多屋の新時代を担う『KR酵母』
そして、研究スタートから5年、奇しくも岩野先生が宏太郎に“予言”してから10年となる2023年、喜多屋は、自社でそれまで使用していたメイン酵母を、木下理紗子が開発した酵母に切り替える決断をした。
名前は、開発者の頭文字をとって「KR酵母」。現在までに、性格が少しずつ異なるKR01からKR04までの4種類が実用化されている。
KR01は、圧倒的にピュアでクリアな後味が際立つ。口中で華やかに広がる吟醸香も相まって、プレミアムなひと時をさらに豊かに演出してくれる。その特長から、喜多屋では精米歩合の低い大吟醸クラスの酒に起用し、より上質な酒質を表現していく。
KR02は、香りがほどよく、トータルバランスが優れているため食中酒に向く。開発段階で「これが次代の喜多屋のスタンダードになる。」という確信を得た自信作だ。
KR03は、軽やかな酸味を特長に持つ酵母である。これを喜多屋では、瓶内二次発酵の専用酵母と位置付けた。
KR04は、圧倒的に華やかでパワフルな香りを持つ。豊潤な酒を造ることに長けた酵母である。
●新酵母にかける想い
「喜多屋は、出来上がりの酒をまずゴールに据えて、そこから米の種類や造り方を逆算して設計しています。例えば、『うちには山廃仕込みの商品がないから、作ろう』ではなく、『こんな味わいの、こんな料理、こんなシーンに合う商品を作りたい。それには山廃仕込みがぴったりじゃないか?』というような具合です。
今後は、この酒質設計で鍵となる要素として酵母が追加されるので、ますます味わいの多様性が生まれます。もっと未来の話をすれば、『こんな酒を作りたいからこんな酵母が欲しい』というように、酵母から設計して酒造りをすることも、不可能でないと思っています。」
新時代の喜多屋の幕開けを、ぜひ感じていただきたい。